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大阪高等裁判所 昭和25年(う)3414号 判決

控訴人 被告人 中山慶一

弁護人 中川正夫

検察官 舟田誠一郎関与

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人中川正夫控訴趣意第一点について。

原判決の認定するところは、要するに被告人は昭和二十二年六月本田敬一及び藤本銀蔵との間にかねて自己の同人等に賃貸中の二筆の田地についての賃貸借契約を知事の許可を受けないでそれぞれ合意解約した、というにある。これに対し、論旨は右賃貸借契約はこれより先昭和十八年中すでに合意解約ずみであると主張するのであつて、被告人の司法警察員に対する供述調書並に原審証人中山すへこの証言の中には論旨に添う資料がないわけではないけれども原判決の挙げた証拠によれば原判示事実を認めるに足り、記録を精査しても右認定が誤りであるとはなし難い。

しかしながら、被告人の原判示行為のなされた時は、昭和二十一年法律第四二号による改正農地調整法が施行せられていたときに当り、昭和二十二年法律第二四〇号による改正法の施行前である。しかして、右昭和二十一年法律第四二号による改正農地調整法によれば、その第九条第三項は単に「農地ノ賃貸借ノ当事者賃貸借ノ解除若ハ解約ヲ為シ又ハ更新ヲ拒マントスルトキハ命令ノ定ムル所ニ依リ市町村農地委員会ノ承認ヲ受クベシ」と規定し、附則において右「市町村農地委員会ノ承認」は勅令で定める時期までは「地方長官ノ許可」と読み替える旨定めていただけであつて右「解約」の下に「(合意解約ヲ含ム以下同ジ)」の文字の挿入せられたのは前記昭和二十二年法律第二四〇号によるものである。

この挿入が従前の律意を明かにしたにすぎないものと解すべきか或は新たに規制範囲を拡張したものと解すべきかに関して、当裁判所は、従来の用語の慣例を考えむしろ法的安定を重しとし立法政策的解釈を排して後者の見解を採る。しからば、原判決の認定する時点における被告人の本件行為に対しては農地調整法上これを規制する法規がなかつたものといわねぱならない。

原判決は、その判示事実が農地調整法第九条第三項同法附則第六条同法第十七条の五罰金等臨時措置法第四条に該当するものとし直ちに刑法第六十六条第七十一条第六十八条第四号を適用して酌量減軽をした後、同法第四十五条第四十八条第二項に則り併合罪として所定罰金額を合算した範囲内において被告人を罰金五百円に処し、なお同法第二十五条を適用してその執行を猶予しているのであるが、右にいわゆる同法附則第六条と覚しきものは前記昭和二十二年法律第二四〇号の附則第六条以外にない点よりすれば原審適用の農地調整法第九条第三項第十七条の五は本件行為の後である右昭和二十二年法律第二四〇号による改正法を不当に適用したものと認めざるを得ず、また若し、右改正より前の法律を適用したものとすれば、それは前に説明した通り規制外の行為に対し適用すべからざる法律を適用した違法を免れないのである。その他、昭和二十二年の本件行為に対し昭和二十四年にはじめて施行せられた罰金等臨時措置法第四条を適用し、ために所定罰金の法定刑が二十円以上五百円以下であるべきを千円以上二千円以下と誤解し、その結果、特に酌量減軽を加えてようやくその最低額を本来の罰金額の最高額まで引下げてこれを宣告刑としたうえ執行猶予の措置をとつてわずかに妥当な量刑に近ずかざるを得なかつた違法及び、併合罪の加重前に酌量減軽をした刑法第七十二条の違背等いずれも判決に影響を及ぼすこと明かな法令適用の誤があるから、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条第四百条但書に則り、原判決を破棄してあらためて次のように判決をする。

原判決認定の事実を法に照してもこれを罰すべき正条がなく被告人の行為は罪とならないから刑事訴訟法第四百四条第三百三十六条に則り無罪の言渡をする。

(裁判長判事 荻野益三郎 判事 梶田幸治 判事 井関照夫)

弁護人中川正夫の控訴趣意

一、原審は罪となるべき事実を誤認し法律を適用したと疑ふに足る充分なる疑がある。原審の認定した事実によれば被告人は小作人本田敬一及藤本銀蔵に貸付けた農地を昭和二十二年六月県知事の許可を得ること無く賃貸借の解約をなしたと認定している。

然れ共被告人が右農地の小作契約を申出たのは昭和十四年頃からであり其後娘が女学校を卒業した昭和十八年に右両名と話合ひの下に契約は解除されていることは被告人の県農地委員会に対する訴願書に依つても明らかである。

右訴願書は本件起訴前に於ける書面であり其の証拠力は充分だと考える。然れ共契約解除に対する離作料の件に就いては両小作人の切なる申出により所謂涙金の代りとして小作料免除の上壱ケ年だけ小作せしめたのである併し昭和十九年は風害の為収穫無く小作人の申出により又一ケ年の延長となり結局昭和二十二年事実上農地の返還を受けたのである。右の事実は従来の小作契約は昭和十八年に於いて適法に解約され昭和十九年以後は所謂一時小作である。従つて昭和十八年小作契約の解約と同時に耕作権は被告人に復帰し其の耕作権を右両小作人が事実上耕作したものに過ぎず従つて昭和二十二年被告人が農地を取上たのは契約の解除には充たらないのである。即ち小作契約の継続と見た原審の認定はあやまりである。昭和十九年度以降は小作料をとつていない事実からするも以前の契約は解約された事が判明する。従て右解約の当時には農地調整法の適用なく農地管理令の適用を受くべきであるから農調法違反とはならない。

猶一時小作に於ける耕作権は認めることが出来ないのであるから被告人が昭和二十二年度農地を事実上取上げたとしても之れ又農調法違反とはなり得ない。従つて事実の認定を誤つた原判決は破毀をまぬかれぬ。

二、当時は農地委員会の構成なく事実上許可を受け得られなかつた。従て当時の合意解約は他の場合総て認められている。仮に昭和二十二年迄小作契約が延長継続され昭和二十二年農地を取上げしたとしても昭和二十五年三月十五日原審第二回公判調書に於ける証人池田時平の証言によれば昭和二十二年暮に農地委員を選挙し昭和二十三年一月十五日第一回の委員会を開催しそれにより委員会が構成されたのである。従て右取上当時には経由すべき委員会が無く知事の許可を受けることが出来得ないのである。即ち本件に関しては白地法時代であり被告人に於て何等責を負うべき理由がない。従て右理由よりするも被告人は無罪である。

三、右理由に依り原審は事実の認定を誤まり且これに対する各証拠を採用しているが孰れも失当であり破棄をまぬかれぬと思料する。

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